憧れ・絶望のち希望。人生の岐路となったロシアでの語学留学

ロシア留学

人生を大きく変えることになった、語学留学。

大学時代に中国語を専攻していた私は、第2外国語としてロシア語も学んでいました。他にもたくさんの言語があったのですが、中国と最も近いという単純な理由で選択することにしました。

ロシア語を選んだこと。それが自分の人生に大きな影響を及ぼすことになるとは、その時全く考えてもみませんでした。

大学3年の夏、私は中国へ語学留学し、そこで同じく留学に来ていたロシア人5人に出会います。その5人とは、中国語・かたことの英語・身振り手振りで話をしていたのですが、たまたまロシア語を選択していた私は、より親近感をもってその5人に接することができました。

1ヶ月後。「いつか、時間とお金ができたら必ずロシアに会いに行きます。」と約束を交わし、5人とは別れました。

友人に会いに行く、その機会は2年後にやってきました。大学卒業後、中国に長期留学した私は夏休みに北京からモスクワへ。そして友人との再会を果たすことができました。

モスクワへ行きたい気持ちは強まるばかり

それで終わればよかったのですが、そこで見たモスクワに惹かれ、またここに来たいという思いが強くなりました。

そして日本に帰国後、次はロシアに留学するという目標を掲げ、それを1日たりとも忘れたことはありませんでした。

それから3年後、再び旅行でモスクワへ。

その頃の私は、周りの友人に「モスクワへ留学する」と話しすぎて、「叶えたい」夢がいつしか「叶えなければならない」夢へと変わり、そのことに縛られ、重荷に感じるようになっていました。

モスクワ旅行で全てを終わらせるつもりが、また来たいと思ってしまった

そのモスクワ旅行で、全てを終わらせるつもりでした。数日の滞在を終え、帰りの飛行機の中からみた空港。オレンジ色の明かりに、舞い散る粉雪を窓から見て、終わらせようという気持ちとは裏腹に、なぜかまたもう一度ここに来たいと思ってしまいました。

そして、その思いを捨てられないまま4年の月日が流れ・・・。

4年後に、念願のモスクワ短期留学を果たすことができました。思い始めてから、小さな夢の実現までに7年もかかってしまいました。

あんなに憧れていたモスクワ留学。1人で旅立つ恐怖よりも、喜びの方が大きかったです。

しかし、現地に着いてみると、その喜びは消えました。本当の恐怖を知ることになったからです。

現地では外国で生きることがどういうことかを学んだ

指定された寮は、安全のため2重扉になっていました。壁紙ははがれ、トイレやお風呂も決してきれいと言えるものではなく、そこにあったのは、旅行ではなく外国で生きるという現実でした。

翌日、1日だけモスクワ大学への入学手続きをお世話して下さる、日本人に会いました。学生証の交付手続きを代行していただき、大学の行き方を教えていただきました。

翌日からは何をするにも全て1人です。
大学内では、長期留学をしている日本人の集まるクラスがあったようですが、
その方々との接点も特にはありませんでした。

私は短期留学だったため、授業は先生とのマンツーマンでした。教科書に基づいた会話練習と、毎日宿題が出たので、学校が終わるとすぐ寮に戻り、予習をして翌日に備えるという毎日を過ごしました。基礎くらいしか分からない状態で臨んだ留学だったので、先生の言葉はほとんど聞き取れず、難しいと感じる授業でした。

食事も大変でした。話せないと思うことが一番のネックで、寮の食堂には通いませんでした。指さしで食べ物を選べるファーストフード店に入り浸ったり、スーパーで買った食材を食べてみたりしてしのぎました。

週末になると、1人で観光に出かけました。大きな市場、サーカス、まちなかの本屋やおもちゃ屋。いろんな場所を探検しました。

冬のロシアは寒くて、辺りは一面真っ白な銀世界。寒さに震えながら、毎日毎日自分がここに来た意味、これまでのこと、これからのことなどを自問自答する日々でした。

そして、無事に1日を終えると寮のベッドの中で、「今日生きていること」を実感し、感謝しました。

異国の地でたった一人、自分の身は自分で守らねばならない状況で、1日を無事に終えることができるというのは、本当にありがたいことでした。

大学の先生の会話が少しずつ聞き取れるようになった頃、私は帰国となりました。

空港の待ち時間で、最後に持っていたお金を全部使って、ロシア人の好きなアイスクリームを購入して食べました。

飛行機の中で窓の外を見て思いました。もう2度とここには来ないだろう。

初めて自分の中で、ロシアへの思いを終わらせることに納得できた瞬間でした。

1人でロシアで生活できたことが自信になり、仕事でも常にチャレンジ

帰国後の私は、今まで挑戦してこなかった分野の仕事へ挑戦してみました。そこにあったのは、
1人でロシアに行けたのだから。きっとこういう仕事もできるのでは?という思いだけ。

そして今もその分野の仕事を続けています。

あれからだいぶ時間が流れましたが、今思うことは、これからの人生で、私はもう一度モスクワに行くだろう。

あの時、留学をしていなかったら今の自分はなかったと思います。いつか必ず、またモスクワに行きます。今度はもっとしっかりした自分で。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ニュース

  1. バンクーバー、トロント、ビクトリアはカナダでも有名な留学地。カナダは治安、交通の便も良く、過ごし…
  2. ヨーロッパで暮らしてみたい!という夢を叶えるのがヨーロッッパ留学、そしてワーキングホリデーです。ヨ…
  3. アカデミックな街でハーバー大学などの有名大学がある『ボストン』。メジャーリーグのボストンレッドソッ…
  4. ルワンダ共和国(ルワンダきょうわこく)、通称ルワンダは、中部アフリカに位置する小さな共和制国家であ…
  5. ブリスベンのあるクィーンズランド州ではボランティア人口がどんどん増加しています。州としては、近い将…

ランキング

ページ上部へ戻る