【19歳のオーストラリア留学】留学生活は、後の人生に必ず活きてきます

オーストラリア留学

19歳の時に、オーストラリアのパースに留学しました。今では、定年になったら、住みたい場所ナンバーワンに選ばれる、世界一美しいと言われている町です。

当時の私は、日本人向けのビジネススクールの学生でしたから、月曜日から金曜日までは学校に通っていました。学校では、簿記や、秘書学、オーストラリア学などといった授業のほか、午後からは、スポーツの授業が英語で行われ、春夏は、ヨットとテニス、秋冬は、ゴルフと乗馬のレッスンがありました。学校ははっきり言って、つまらなかったですね。

けれど、私は、寮母さんに気に入られていたので、寮母さんの娘さんのお宅にホームステイさせていただいたこともありました。
レベッカという、寮母さんのお孫さんと仲良くなったので、ベビーシッターのように、子守をさせていただきました。

年齢に関係なく自分のことを主張する

オーストラリアで驚いたことは、小さな頃から、自分のことを主張するのです。レベッカが私に話しかけているときに、母親が私に何かを言ったりすると、4歳のレベッカは、母親に対して、ものすごい剣幕で怒ります。「私が、ゆうことしゃべっているんだから、はなしかけないでちょうだい!」と、母親に対して主張するのですね。それには、私もびっくりでした。小さい時からこうしているので、大人になってからも、はっきりものが言えるのですね。

日本人は、控えめですから、思っていても、その場の雰囲気を壊さないために、言わないこともたくさんありますけれど、お国柄というか、やっぱり広大な国は違うなあというのが、私のオーストラリア人の感想です。

現地の文化も体感。広大なオーストラリアでの生活は後の人生に必ず生きると思いました

また、日本の男性に比べて、家事をたくさん手伝ってくれます。料理ももちろんのこと、花壇をつくったり、日曜大工のようなことも、男性は積極的に参加してくれます。

そして、ごみは、ごみ袋がなくて、ごみのプラスチックケースにそのまま生ごみを捨てて、それを、ごみの収集車が来て、一件一件、ちゃんと逆さにして、ごみを集めて行ってくれるのです。新聞配達なんて、丸めた新聞を、放り投げていくのですよ。これにも驚きです。確か不燃物とかも分けなかったような気がします。

オーストラリアは、皮膚がんの確率が高いのですが、紫外線の弱い白人であるオーストラリア人は、日焼けをしたがるのです。これにも、驚かされます。恥ずかしがり屋で控えめな私でしたが、そんなあけっぴろげなオーストラリアに一年留学したことで、かなり心臓が強くなったと思います。

今では、留学は誰でも気軽にできるようになりましたが、若い人には、どんどん海外に出て、勉強して、いろいろな経験を積んで行っていただきたいものです。

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