【アメリカ、ラスベガスで語学留学】大学での勉強が楽しくなり結局4年間留学してしまいました

アメリが語学・大学留学

短大を卒業する少し前、これからの自分の道を考えていたときでした。殆どの人は、就職活動を始めました。私も流れで就職活動をし始めましたが、いまいちピンと来ませんでした。このまま、就職をして社会に出ていいものか、もう少ししたい事があるのではと思い始めました。私が仲良くしていた友達の一人がアメリカ留学をすると言っていました。

私は彼女の話を聞くうちに、これだと思い始めました。短大では英文学を専攻していて、中学の時にスポーツ留学をして以来、いつか又戻れればいいなとふんわりと考えていたのです。

お金と、色んな環境のことを考えて、留学生が多い、カリフォルニア、ニューヨーク州はやめておこうと思いました。留学するのなら、日本人の少ない場所を選び、しっかりと英語の勉強をしようと思っていました。

2年で終わるはずの語学留学がTOEFLの点数も上がり最終的に4年間滞在

そして私が選んだところは、テキサス州のキリーンという場所でセントラルテキサスカレッジというところでした。2年間の語学留学を予定していました。語学留学は、8ヶ月で終わり、Tofelのテストも上がり、現地のアメリカ人たちと同じように、学校のクラスが取れるようになりました。勉強も新鮮で楽しく出来ました。

私は寮に住んでいたのですが、私がそこで得たものは、人との出会いです。日本にいるとの違って色んな国の人たちに出会い、文化に触れ、いろんな経験が出来ました。15年以上経った今でも、ずっと繋がっている友達が数人います。英語の勉強は大変でした。特に電話での会話は苦手で、よく途中で切られることもありました。でも、今思えば、分からないままに上手に振舞っていたと思います。

大学での勉強も楽しくなり、2年で終わるはずだった語学留学が段々と延期され、結局、合計4年間留学をしていました。その時は、テキサスを離れ、アメリカのラスベガスの、大学でホテル、ホスピタリティを勉強しました。英語の勉強だけではなく、授業でいかに深く理解しているか、そういう環境に慣れることがその後大変でした。上辺だけしかわかっていなくて、内容を理解していない事で、成績はなかなかよくなりませんでした。暫くその違いが分かりませんでした。

今振り返ってみると、両親には金銭的に沢山迷惑を掛けてしまい、そのことを、とても申し訳なく思います。4年間の留学で学んだことは、なるだけ誰にも頼らずにやっていくこと、日本と違って何も無いところで自分の存在を築き上げていくことだと思います。

留学するのなら、これだけは得るという目的をしっかり持って進まないといけないと思います。両親が近くにいない新しい場所で、色んな誘惑もあります。芯をしっかり持っていなくて、途中で違う方向に進む人たちを見てきました。充実した留学生活を送ってもらいたいです。

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