【アメリカ留学体験談】私の人生で一番濃密な1年は17歳のアメリカでの生活

高校アメリカ留学

私は高校在学時の16歳から17歳の時に、アメリカのオクラホマ州に1年間留学しました。皆さんがオクラホマ州と聞いてイメージする(できる)のは、オクラホマミキサーくらいではないでしょうか。少し詳しい方で、ハリケーンがよく発生するところという知識がある方もいるかと思います。

母親に手伝ってもらい留学団体を選ぶ

私自身、その程度の知識で留学しています。日本で通っていた高校には交換留学生はありませんでしたので、母親に手伝ってもらっいながらですが自分で留学団体を探しました。留学団体はたくさんみつかったのですが、どこが良い団体か分かりかねたので、県の教育委員会にオススメはどこか?と電話で問い合わせました。3団体を提案いただいた中からPIEEという団体を選びました。この団体を選んだ理由は、毎年留学生として海外に送り込んでいる人数が他者よりも多いので、私のように英語が得意とは言えない学生でも合格できるのではないかと考えたからです。

映画で見るアメリカにあこがれて留学。ホースとファミリーも最高でした

私の留学の目的は、英語の勉強件、異文化交流です。この当時の私にとって映画の「Back to the future」や「Home alone」などで見るアメリカの世界は、憧れそのものでした。オクラホマ州に滞在する前に、ロサンジェルスで1か月間英語集中合宿があり、そこで日本人だけ20人集まり毎日英語の勉強をしていました。これからアメリカ各地に散っていくという共通の目的があったので、楽しかったです。一か月後オクラホマ州に飛行機で移動し、ホストファミリーとあった時の事は、今でも忘れません。

笑顔の素敵なおしゃべりな母親、寡黙でハーレーを乗り回すイケメンな父親。それに5歳、8歳の可愛い姉妹。会うまでは緊張していたのですが、この家族を見たときは、この1年間が楽しくなるのではないかと期待感が湧きました。私が通った学校は、かなり小さな学校で1学年20人くらいしかいませんでした。

ですので、小学1年生から高校3年生までが同じ校舎で学んでいました。アジア人は私一人だったこと、部活動で野球をやったことが良かったのか、小、中学校の人気者に。いじめに会うこともなく、本当に楽しい時を過ごせました。辛かったことと言えば、日本食が食べられなかったことです。日本食は世界でメジャーになってきていますが、田舎町には一切そのような店はありませんでした。本場のハンバーガーは美味しかったですが、やはり日本人なので、米が食べたくなりました。

留学の全てが良い思い出になる。大事なのは全てポジティブにとらえること

留学を検討している方に言いたいことは3つあります。1つ目は、楽しくない(辛い)ことが起きた時に、ポジティブに考えるです。学校で馬鹿にされることもあるかもしれません。私自身も馬鹿にされることはありましたが、それは英語のほとんど話せない私を輪の中にいれてくれていると考えて接していました。

本当に嫌な相手には無視するわけですから。2つ目は、笑顔を忘れずに!! 留学当初は英語を口から発することができないかもしれません。そんな時は、少なくとも笑顔を忘れないようにしてください。これは留学生活を成功させるための秘訣です。3つ目は、もし留学するか迷っているなら、是非留学してください。日本で自分が常識と思っていたことが非常識だったり、その逆の体験もするでしょう。でも後で思い返してみれば全ていい思い出になってるはずですし、濃密な1年になることは間違いありません。

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