【高校生でアメリカ進学】日本の高校に馴染めずアメリカへ。そこで人生変わりました

アメリカ高校留学

私はアメリカへの留学の経験があります。もう25年も前になります。進学した高校になじめず、かと言って苦労して合格した高校を辞める気にもなれず、今思えば、逃げ場所を求めていたのでしょう。不純な動機でしたが、この高校交換留学はその後の私にとってとても大きな転換点になりました。

ホームステイ先は、東海岸のノースカロライナ州の小さな田舎町「レッドスプリングス」という場所でした。人種の構成を見ると、白人2割、黒人3割、インディアン系5割、アジア系少々というような地域でした。ホストファミリーもインディアン系の若い夫婦で、モルモン教徒でした。

始めの3か月は語学学校、そのあと地元の学校へ

始めの3か月はILSという機関で手配してもらった語学学校に通いました。その後、残りの半年ほど地元の高校で学びました。印象的だったのは、歴史の授業です。特に南北戦争を学ぶときには、人種差別についてのディベートが盛んに行われました。私自身もアジア系ということで、侮蔑的な態度をとる人もいました。人種差別はすぐそばにある問題なのだと初めて気づきました。

私の大きなカルチャーショックの一つは、いろいろな人種の人々が同じ場所で生活しているということです。あまりの肌の色の違いにとても驚きました。それから宗教です。町の人はみんな、日曜になるとそれぞれの所属する教会へ出かけていくのです。特に宗教に属していない、ということは、哀れな事だと感じる様でした。「いったい何を信じて生きているの?!」そもそも、キリスト教にいろんな宗派があることも初めて知ったのです。

アメリカに来て日本の小ささを知る

また、私は、日本の小ささを知りました。日本では、当然ですが、自国のニュースが絶えず流れています。当時は、GDPだとかOECDだとか、日本はお金持ちだ、世界に貢献している、と叫んでいたものです。でも、アメリカの田舎町では、日本は中国の一部の小さな島だと思っている人も多かったのです。それから、本場のピザやハンバーガーを堪能しました。ビリヤードを覚え、ピックアップの荷台に乗ってドライブし、クラスリングも作りました。

広い世界を垣間見て、自信を身につけて、帰国しました。復学して、1学年下の同級生たちと一緒に過ごすことは全く苦に感じなくなっていました。

日本は広い世界のほんの小さな一部にすぎない

その後も私は堂々と生きてきたように思います。高校時代のほんのわずかな時間でしたが、私の人生が大きく変わった瞬間だったとはっきりとわかります。最近、私はこの経験を子育てに活かしていけると感じています。彼女が思春期になった時、悩んだとき、伝えられると良いな、と思います。ここは、広い世界のほんの小さな一部にすぎない、くよくよすることは何もない、ゴールはもっと先にあるのだから、と。

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