【NZで語学留学】大学卒業後はオーストラリアで働き、日本に帰国してからは外資、今はヨーロッパ

ニュージーランドのクライストチャーチ

私は小学校の時から英語を学びたく某ジュニア英会話教室に通い、中学時代は英語だけ成績が良く、高校は普通科外国語コースへ進みました。大学も国際関係の学科に進みましたが、大学に学びに行くのではなく単位を取りに行く感じが嫌で両親に中退して、海外の大学に行きたいと告げました。

が、父が中退と言う肩書きは良くないとの猛反対、さらには費用の関係で許してはもらえなかったのですが、1年休学しての留学を許可してもらいました。

住みやすく、費用も安いニュージーランドのクライストチャーチへ

偶然にも従兄弟が都内で留学斡旋事業で働いていたので、彼女と相談をしてニュージーランドのクライストチャーチに決めました。英語には訛りがあるかもしれないが、住みやすいし、費用も比較的安いとのことで。学校は専門学校に入っている語学学校を選びました。

なぜならその語学プログラムにある程度の英語レベルに達したら、午後は選択授業でレストランマネージングを学べるという事で、日本に帰った際に英語だけではなく、他の事を学んだ証明が欲しかったからです。

ニュージーランドに渡り一番最初に辛かったのがホームスティでした。最初に手配してもらった家は、10年以上も留学生を受け入れてるとの話だったので安心していたのですが、思春期の子供が2人、完全に無視され、ご両親も仕事が忙しく、夜ご飯は1人で缶のスープとパンを与えられるだけ。

部屋も屋根裏部屋を改築した感じで風が入って来る。これが最初のホームスティで本当に辛く、もちろんホームシックに。ある日同じクラスにいたタイ人の女の子のホームスティに行ったら、ふかふかのダブルベットに専用のシャワールーム。ご飯もママが毎朝、夜作ってくれる。私が今のホームスティに困ってると話たら親身に聞いてくれて、ホームスティを斡旋している学校側に話してくれて、そのホームスティにお世話になる事になりました。

家族同然のホストファミリーに感謝。この経験を元に今では英語を使う仕事を

週末は家族同然に色んな所に連れて行ってくれたり、体調を崩したら心配してくれて、一緒に病院へ行ってくれたり。本当家族同然の生活でした。今でも連絡を取り合ってる位。彼らが居なかったら私は挫折して日本に帰っていたかもしれません。学校も専門学校と併設されているので大きく、その中に日本語学科もあったのでそこにいる生徒とエクステェンジをして、放課後一緒に勉強したり、大きな図書館があったりと私は本当過ごしやすいと思いました。

この時に色んな国の人とも出会い、他国に興味を持つ事が出来たと思います。この経験を生かし、大学卒業後はオーストラリアで働き、日本に帰国してからは外資で働き、今はヨーロッパにいます。この経験が無かったら今の私は無かったと思います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ニュース

  1. バンクーバー、トロント、ビクトリアはカナダでも有名な留学地。カナダは治安、交通の便も良く、過ごし…
  2. ヨーロッパで暮らしてみたい!という夢を叶えるのがヨーロッッパ留学、そしてワーキングホリデーです。ヨ…
  3. アカデミックな街でハーバー大学などの有名大学がある『ボストン』。メジャーリーグのボストンレッドソッ…
  4. ルワンダ共和国(ルワンダきょうわこく)、通称ルワンダは、中部アフリカに位置する小さな共和制国家であ…
  5. ブリスベンのあるクィーンズランド州ではボランティア人口がどんどん増加しています。州としては、近い将…

ランキング

ページ上部へ戻る